"it"のヒミツ(2)入試や学校のテストの長文問題でときどき「文中の下線を引いたitが具体的に指しているものは何か」などという設問があったりする。だがこの設問は、設問自体間違っている。itは何も「指して」いない。今まで何度も書いてきたように、「指す」のは指示(代名・形容)詞this/thatの仕事である。「え? でも itが具体的に何を表しているかってちゃんとあるでしょう?」 そうなのだが、「指して」はいないのだ。 正確には「受けて」いるのである。 なんだ、ささいな言葉遣いの違いでいちゃもんつけているのか…と思われそうだが、これはそれなりに本質的なことなのである。 thisやthatの役割である「指す」という行為は、今まで焦点が当たっていなかったものに、そこで新たに(または改めて)焦点を当てる(当て直す)ことだ。 それに対し、itが表現することができるのは、「すでに焦点が当たっている」ものなのである。だからそれは「指す」のではなく「受ける」というのが正しい。 冒頭の設問は 「文中の下線を引いたitが具体的に受けているものは何か」 なら問題ない。 itは日本語に訳せないことがしばしばある、と学校の読解とか文法のオベンキョウでもよく言われる。たとえば形式主語のitとか、天候などを表すitとかについてそう言われる。 だが実は、itは「ほとんどの場合」日本語になじまない、と言う方がむしろ正しい。 "What's this?" "It's a pen." これを「和訳」すると、 「これはなんですか?」「それは、ペンです」 とするだろう。 これは一見正しそうだが、実際の日本語の会話では、 「これはなんですか?」「ペンです」 のほうが自然だ。わざわざ「それは」なんて言うのは実際はそんなにないはずである。 「それは」と言うなら 「これはなんですか?」「え?どれ?それ? それはペンだよ」 というような文脈ではないか。 これを英語にすれば "What's this?" "Which? Oh, that one? It's a pen." つまり、あらためて「指し示しなおして」いるような印象だ。 これまでにも書いたが、日本の英語教育では(そう教科書に明記してあるかどうかはともかく、結果的に習った人に擦り込まれてしまうのは) this=これ that=あれ it = それ という図式ではないかと思うが、本当は this =これ(自分のもとにあるものごとを「指す」) that =あれ、または それ(自分のもとにはないものごとを「指す」。相手の近くにあるか遠くにあるかで日本語は変わるが) そして it = ・・・・・ (その場で焦点の当たっているもの・こと・状況を「受ける」) なのである。そもそも主語をほとんど使わない日本語においては、「その場で焦点の当たっているもの・こと・状況」をわざわざ言葉にすることは滅多にないと言っていい。 話は少しずれるが、最近若い人と話しているとしばしば A「○○の件はどうなっているの?」 B「は~、ちゃんとうまく行っています」 などという受け答えをされることがある。Bの「は~」は、「Ha~」ではなく「Wa~」の発音。つまり 「(○○の件)は~、ちゃんとうまく行っています」 と言っているつもりなのだ。 もはや「それは」とも言わない。 だがひょっとすると、従来の会話では「は~」もなく、 A「○○の件はどうなっているの?」 B「はい、ちゃんとうまく行っています」 となるところかもしれない。「は~」によって、「その場で焦点の当たっているもの・こと・状況」をとりあえず「受け」ましたよ、と示しているのだ。itの気分が半分だけ顔を出していると言えなくもない。むしろ英語の発想に近づいている?? 前へ 次へ ジャンル別一覧
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